映画『カストラート』を観て。
この世には、私たちの想像をはるかに超える運命を辿ってきた人がいる。
きっと、たくさんいる。
私はまだそのほとんどを知らない。
しかし、そのたくさんのうちの一人を知る機会があった。
その人物の名は、ファリネッリ。
彼は1700年代に活躍した、イタリアのカストラート歌手である。
カストラートとは、去勢をされた男性歌手のことだ。
彼らは高音の美しい声を保つために、幼いころに去勢手術を施された。
成人男性の大きな身体と力のある肺活量。
まるで女性のような甘く高い声。
その両方を兼ね備えたカストラートの歌声には、多くの人が陶酔したようだ。
カストラート歌手として活躍することができれば王に認められて一生安泰に暮らしていくことができたために、貧民層の子どもが多かったそう。
しかし、そのような栄光を掴むことができるのはほんの一握り。
中には、高い声をバカにされ、生殖機能も失い、人生に失望して自殺をしてしまう者もいた。
そのような過酷な運命を背負わされたカストラートたち。
彼の歌声は素晴らしく、女性を興奮させ、多くの人を失神させるほどであった。
それでは彼は人生バラ色だったのだろうか。
そうではない。
愛する女性をいくら抱こうが子孫を残すことができない歯がゆさ。
その他にも、多くの苦悩が彼を襲う。
*
彼は幼いころから、作曲家の兄と共に一心同体で音楽をやってきた。
兄は弟ほど音楽の才能は無く、作った曲も華美なものばかり。それでもファリネッリが歌うことによって客が集まった。
そこで歌われたのが、ヘンデル作曲の『リカルド』である。
映画のファリネッリの歌声はとてもとても素晴らしかった。
裏話となってしまうのだが、当時の最新の音楽技術を駆使して、男性歌手と女性歌手の声を上手く組み合わせたという。
それに俳優が口パクで合わせたそうだ。
この声を生で聴くことができたらどれほど幸せだろうかと思わされた。
特に高音のビブラートは、心臓を振るわせるほどの力があった。
やはり、光り輝く者は私たちの見えないところでとんでもない闇を抱えているのかもしれない。
暗闇に浮かぶ月は美しい。
闇を背負った彼らは、人々が息をのむほど美しい月の権化となる。
太陽も素敵だが、月に色気や儚さや哀愁を感じさせるのは闇のお陰なのだろう。